(初出:2011/07/29)
・ライブビューはいらない
・スポーツ写真はあまり撮らない
・エクストリームなフィールドには行かない
・濡れながら写真はとらない
・撮像素子につくゴミはガマンしながら手入れしつつ、つきあえる
・高感度撮影はあまりしない
・一眼レフに小型軽量など求めない
上記の項目全てに首肯する人は、α900にふさわしいユーザーだと思う。
どれくらいふさわしいかというと、
「『ふしぎの海のナディア』は『ポカホンタス』をそっくりそのままマネしている」
と信じて疑わないディズニー盲信者ファンくらいにはふさわしいと思う。
あいにくと「ポカホンタスは不思議の海のナディアの丸パクリだ」教の信者である私は上記の項目の中では、
・ライブビュー機能が無いガラクタは、カメラと名乗るな!
・今時、撮像素子のゴミが大量発生とか、ホビロン。SONYの技術者はトイレで用を足しても尻も手も拭かないんだろうな
・ISO感度の制限で撮影のシチュエーションを限定されるなんて、もう嫌だ
・デカくて重いイチガンレフとか使ってる人って、キモくてウザい
と思っていますので、勿論ポカホンタスは不思議の海のナディアの丸パクりだと知っています。しかも劣化コピーなのが笑えますね。
でも「オレのモノはオレのモノ。お前のモノもオレのもの」というのがディズニーのフィロソフィーですから、奴らには隙がありません。
いえ、ポカなんとかとかディズニーとかはどうでもいいんです。特にディズニーランドとかは、私、もう二度と行かないと思いますし。
えっと。
いや、そう言う話じゃなくてですね。
α900ですよね?
そう。
今更、α900なんです。
3年ですよ、3年。
「ちょっとカッコいいな」あるいは「結構可愛くて美人じゃん」などと思って一回デートしてみたけど、全然話が合わないし共通の話題も少なくて、手も繋がずそれっきり。
そのまま高校を卒業したんだけど、クラス会で三年ぶりに会ってみたら、なぜか胸がときめいて「ねえ、この後時間ある?」って声をかけていた……
そんな存在ですよね! α900って!!
ええ、私だけでしょうけど。
なにが言いたいのかというとですね、上に挙げた項目を欠点として知った上で使うならば、今もっとも面白い「135版フルフレーム」のカメラじゃないかと思うんです、私は! ここだけの話!!
なんでここだけの話かというと
「大判の撮像素子のカメラに興味出てきたんだけど、なにがいいかな?」
と知り合いに尋ねられた時、
「そりゃ、α900でしょ?」
とは絶対言わないからです、私!
「キヤノンのEOS 5D2もいいけど、やっぱりトータルな完成度だとニコンのD700で決まりでしょ?」
と言います、私!
口が裂けても言います。
ちなみに私が5D2を進めない理由は、使った事がないからです、ハイ。
というか、あのデザインを続ける限り、食指が動かないんですよね、キヤノンのDSLR。
横道に逸れました。
つまりそう言う事なんです。
公式見解としてはD700をすすめるけど、心の中では「α900のほうが絶対面白いのに」と思っているんです、私!
例えるなら、アレです。
「農協に商品として納める作物は見栄えと収穫量を稼ぐ為に、法律が許す範囲であれば農薬とか平気でじゃぶじゃぶ使っちゃいますけど、家族で食べる分は別の畝で出来るだけ農薬使わずに作った野菜ですから!」
というヤツ?
すみません、例えがよくわかっていないのでトンチンカンな事を書いているかもしれませんが、要するに気分は
「5D2? D700? 好きなの使えよ。α900の良さを一生知らずに死ぬがいいさ、ウェッヘッヘ」
です。
です?
いやいやいやいや。
「AKB84? あんなのどこが美人で可愛いんだ? どう考えてもネスティかニームかリリア姉さんだろ?」(その三人を知らない人、すみません)
という感じでしょうか。
まあ、そういうわけで三年前って、まだ子供だった私は自分の趣味と相手の趣味が同じ、もしくは私の話題にあのが興味を示す事を第一義に見ていたのです。
今は社会のこととかちょっとわかって少しだけ大人になってきて、人の話題の中に自分が面白いなと感じる事を見つけられるようになってきました。
だから三年ぶりに会ったあの人のまっすぐな眼差しがちょっとまぶしい。
三年前はなにを言っているのかわからなかったけど、今だと「それはなに?」って素直に聞ける自分がいる。
最初で最後のデートの時、「カレーにジャガイモを入れる」って聞いた時「この人とは一緒に暮らせない」と決めつけてしまった私だけど、だったらカレーは私が作ればいいだけだと気がついた。ジャガイモの入っていないカレーを私が作ればいいだけの、簡単な話だったのだ。
「めざましテレビ」派のあの人に「おはよう日本」の台本に書かれたオヤジギャグを聞かされるいたたまれなさと「まちかど情報室」のツッコミ処満載的おもしろさを伝えればいいだけなのだ。
だって、三年ぶりに会ってみて、改めてわかったのだから。
「あの人は、あの人にしかない素敵なところがある」
そして同時につくづく思う。
このまますれ違わなくて、本当によかったな、と。
さて、論えれば欠点ばかりが目立ってしまうα900ですが、惚れてしまうだけの長所もあるんです。
欠点をカバーする別のシステムを持っていたり、あるいはわかった上でスルーできる撮影スタイルがあるならば、その長所が俄然光輝く。(と、思います。私は!)
美点。
後世に於いておそらく「DSLR史上、最良」とたたえられることになるであろう、光学ファインダの存在がまず挙げられます。
デジタル・フィルム問わず「最良」である、と。
勝手な予想ですが、いろいろな状況を鑑みるに、SONYはもうこれを越える光学ファインダを作り上げる事はないでしょう。
翻って他社がこれを越えるファインダをわざわざ一から作るとも思えません。
作れるのならD1のファインダはもっとよかったはずで、D2Xはさらに進化し、D3Xはα900と同等以上の出来映えになっていてもおかしくはないはずです。まあ、同じ事は1Ds系でも言える事です。
1Dsの新型やD4? がα900の光学ファインダを越えてくるなんてことは、たぶんないと思われます。
ええ、勝手な想像です。
人間なんて勝手な想像で買い物をするものですから、いいんです。
つまり、そう思いついてしまった人の脳内ではこう言う理屈が成り立ちます。
「人類史上、もっとも素晴らしい光学ファインダを備えたSLRとして、α900が歴史に残るのは間違いない。なんせ人類史上最高だぞ? これは買うしか!」
次に思うのが、その画素数の多さ。
2400万画素です、にせんよんひゃくまん。
実際にそんな画素数が必要かどうかは人に依るでしょう。
しかし、数字は冷酷無比です。
D700は1200万画素。
その二倍の画素数です。
「でも、そんなにファイルの容量が増えても、PCの性能が追いつかないよ」
「プリントしても普段はL版か、たまにA4だし、にせんよんひゃくまんなんて必要ないよ」
「画素ピッチが狭いと、ノイズが! そして高感度が!!」
などなどデジタルカメラの事にちょっと詳しい人ほど、多すぎる画素数に対してしたり顔でネガティブな意見を言ったり、不必要論を唱えたりするものなのです。
が。
三年前とは違います。
PCの性能は飛躍的に(たぶん)あがりました。
3年以上前のPCを使っていてこのセリフを吐くなら、それはあなたが時代に遅れているだけでしょう。
L版プリントやブログには確かに二千四百万画素なんてウルトラオーバースペックです。
でも「画素数なんて大は小を兼ねる!」と考えてしまえばいいのです。
そう。
「トリミング耐性が異常に高いカメラなのだ!」
と。
ノイズ?
高感度が苦手?
だから、それはもう折り込み済みでα900と付き合おうという話なので、そんなことを今更言われてもねえ、と思うのです。
・135版フルフレームの贅沢な撮像素子
・贅の限りを尽くした素晴らしい光学ファインダ。
・そして圧倒的な高画素数。
さらに後押しをしてくれるのが、3年という月日の流れ。
そう、初出の半額近くで買えてしまうんです。
勿論新品が。
ついでに言うとAPS-Cの1600万画素のDSLR、SD1のざっと四分の一近くで。
正直にいって、フツーのサラリーマンである私が今回購入しようと思えたのはこの価格があったからこそです。価格前提です。
予約購入時の金額を知っているだけに「え? 安っ!」と思えるわけで。
勿論、その金額を提示された時、私の頭の中にはこういう垂れ幕が下がりました。
「同じように古いD700って、今いくらだろう?」
結論から言います。
似たように安いです。
そう。
どのモデルもモデル末期で次期モデルがそろそろ出るかもしれない、というじきにさしかかっています。不確かな情報ながらα900はすでに生産すらしてないようですし、
「大判の135フルフレームDSLR、買うなら今かも」
と思ったわけです。
勿論、まっとうな選択? として「D700もいいかな」と思いました。
ええ、白状しますが一分ほど考えました。
ニコンですからレンズは揃っているし、Canonと並び私の好きなサードパーティの魅力的なレンズが間違いなく供給されるマウントです。
K-5は大好きですが、サードパーティ製のレンズを楽しめない「時」の風化力にあがなえず淘汰されつつあるマウントに成り下がってしまいましたから、その点が不満だったわけです。
D700なら大判でレンズは豊富、しかも防湿庫にFマウントレンズが肥やし状態で保存されてたりします。
でも……。
「いつか来た道」
新鮮みが全くないんですよね、D700。
ずっと使ってたわけですから。
もう、あそこのほくろの位置や数まで知り尽くした相手ですから、想像するだけで鼻血が出るなんて言う状態にはなりにくいわけで。
そこへ行くとαタンとは、まだ手を握ったこともないんです。
何しろ一度デートしただけです。それも途中で切り上げて帰ったような感じですから、ほくろがあるかどうかも謎なのです。
さあ、こうなると妄想が止まらないのが私です。
・135版フルフレームの贅沢な撮像素子
・贅の限りを尽くした素晴らしい光学ファインダ。
・そして圧倒的な高画素数。
・持ってけてドロボー的なプライスタグ
に加え、α900でしか成し得ない、ある事を思い出したのです。
それが決定打になりました。
その、この世でα900でしか成し得ない(厳密にはそうではないのですが)「ある事」
それは……(引っ張るなぁ。(・∀・))
そう言うわけで長い長いプレリュードはこれにて終了。
次回につづ……かないかもしれないよ?(引っ張るなあ(・∀・))